惜別三木鉄道
ここでは、2008年3月31日限りで、惜しまれつつも、姿を消した三木鉄道の画像などを掲載します。
乗り換え中
三木鉄道の起点は、加古川線の厄神駅でした。
レールバスから降りた乗客たちは、JRの乗り場へ急いで行きました。
2006年8月2日撮影 厄神駅
終着駅
終点の三木駅に到着したレールバスです。
わずかな乗客たちは、下車後すぐ、駅の外へ出て行き、ホームは閑散としていました。
2006年8月2日撮影 三木駅
折り返し時間待ち
終点の三木駅に停車中の列車は、次の厄神行きとなって発車していました。
その間、ホームに停車していました。
2006年8月2日撮影 三木駅
夏の田園を往く1
列車は、兵庫県中部の田園地帯の中を走り抜けていました。
2007年8月11日撮影 石野〜西這田
夏の田園を往く2
青々とした真夏の田園の中を走っていました。
2007年8月11日撮影 西這田〜別所
夏の田園を往く3
田園地帯の送電線の鉄塔の列と交わる箇所もありました。
2007年8月11日撮影 下石野〜石野
石野駅
開業の古い駅の一つで、古くからの駅舎が残っていました。
2007年8月11日撮影
別所駅
ここも開業の古い駅です。長い歴史を感じさせる木造の駅舎が残っていました。
2007年8月11日撮影
三木駅駅舎
終点の三木駅も、古い駅舎が残っていました。唯一の社員配置駅でした。
2006年8月2日撮影
三木駅改札口
ホームへの入口には、使われなくなった改札のラッチが残っていました。
なお、三木鉄道は、運賃は、有人駅を含めて、車内精算でしたので、普通乗車券は発行されていませんでした。
2006年8月2日撮影
ここにある画像は、すべて銀塩カメラ(機種は、ミノルタα707-si)で撮影して、CDフォト化したものです。
兵庫県の厄神と三木を結んでいた三木鉄道は、旧国鉄の廃止予定線だった三木線を引き継ぐ形で、1985年4月1日(昭和60年)、第3セクター鉄道として開業しました。
三木線の路線自体は、歴史が古く、1916年(大正5年)、播州鉄道として、厄神〜別所が部分開業したことから始まりました。
1917年(大正6年)には、別所〜三木が開業し、全線開通となりました。
1923年(大正12年)には、路線が播丹鉄道に譲渡されました。
そして、1943年(昭和18年)には、国有化され、国鉄三木線となりました。
戦後のモータリゼーションの進行により、旅客は減少し、貨物も取り扱いが廃止になり、廃止対象の特定地方交通線にリストアップされました。
その後、第3セクター会社発足による路線存続が決定し、1985年4月1日、三木鉄道として、新たなスタートを切ることになりました。
開業から翌年には、宗佐、下石野、西這田、高木の各駅が開業し、沿線住民の利便性向上が図られました。
使用車両は、開業時は、2軸の小型レールバスが2両でしたが、1998年(平成10年)には、やや大きめのボギー車3両が導入され、それまで使用されていた車両を置き換えると同時に、輸送力増強が図られました。
しかし、路線自体が、街の中心から大きく外れていたことや、沿線に集客性の高い施設などがないことなどが災いしたためか、根本的な経営改善や利用の向上にはつながらず、2008年3月31日(平成20年)の運行を最後に、三木鉄道としては23年の、播州鉄道として開業した頃からを含めると92年の歴史に幕を降ろすことになりました。
一時期は、DMV(デュアル・モード・ビークル)の導入が検討されたことがありましたが、費用などの面から、結局、実現には至りませんでした。
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