惜別キハ181系はまかぜ



ここでは、2010年11月6日限りで、惜しまれつつも姿を消した、キハ181系特急「はまかぜ」の画像などを掲載します。



真夏の生野峠を、ディーゼル特急が駆け抜けていきました。
2009年8月3日撮影 播但線・長谷〜生野






東海道本線の複々線区間を、ディーゼル特急が走っていきました。
2009年8月27日撮影 東海道本線・さくら夙川駅






阪神地区の住宅街の駅を通過していきました。
2009年8月27日撮影 東海道本線・さくら夙川駅






2009年8月31日撮影 東海道本線・塚本駅





播但線の中間駅に特急列車が停車しました。
2010年5月25日撮影 播但線・寺前駅






山間の町の初夏の田園の中を、ディーゼル特急が走っていきました。
2010年5月25日撮影 播但線・寺前〜長谷






福崎駅に、「はまかぜ1号」が停車しました。
2010年6月24日撮影 播但線・福崎駅






緑の中を、「はまかぜ4号」が走り抜けていきました。
2010年6月24日撮影 播但線・寺前〜長谷






姫路の郊外の小さな駅を通過していきました。
2010年9月7日撮影 播但線・仁豊野駅






黄金色の田園の中を、「はまかぜ4号」が走っていきました。
2010年9月7日撮影 播但線・寺前〜長谷



ここにある画像は、すべて銀塩カメラ(機種は、ミノルタα707-si)で撮影して、CDフォト化したものです。


特急「はまかぜ」は、昭和47年(1972年)、当時福知山線経由で運行されていた特急「まつかぜ」の補完列車として、新大阪・大阪〜鳥取・倉吉を、播但線経由で走る列車として誕生しました。
運転開始当初は、キハ80系気動車を使用していました。
その後も、運転区間の若干の変更を繰り返しながらも、大阪と山陰を播但線経由で結ぶ特急列車として定着しました。
昭和57年(1982年)には、伯備線で運転されている特急「やくも」の電車化で余剰となったキハ181系に置き換えられ、長年の顔として活躍することになりました。
平成6年(1994年)には、智頭急行開業の影響で、運転本数の減便がありましたが、平成8年(1996年)のダイヤ改正で、播但線を走っていた急行「但馬」を格上げする形で、再び本数の増加が図られました。
また、同時に、従来、播但線内は無停車だった「はまかぜ」の中間駅停車が行われるようになりました。
使用車両は、キハ181系に置き換え以来長らく変化はありませんでしたが、平成10年(1998年)、国鉄色からJR西日本独自のカラーに塗り替えられました。
他のキハ181系使用列車が次々と後継車に置き換えられたり、廃止されていくなか、「はまかぜ」には、大きな動きはありませんでしたが、経年による車両の老朽化が進み、新型気動車キハ189系への置き換えが決定しました。
そして、平成22年(2010年)11月6日の運行を最後に、キハ181系気動車による定期列車の運用を終了しました。
それにより、キハ181系の定期特急列車は、すべて姿を消しました。
なお、特急「はまかぜ」は、11月7日より、新型車両キハ189系で、引き続き運行されています。



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